(キ). 被告発人安田繁克が話し始めた被害者安藤文さんとの関係,交際を否定
28年前の記憶になりますが,この平成4年2月1日の夜,深夜の2時頃まで市場急配センターの1階休憩室で被告発人安田繁克と話をしていました。2時に被告発人安田繁克と別れた後のことは,現在思い出すことがなく,2月2日の昼と夜のことも同様です。
たぶん今は思い出せないこともあるのかと思いますが,思い出せる範囲で被告発人安田繁克は私に次ぎのようなことを話していました。
a. 被害者安藤文さんとの交際を否定。
b. 用事があって一度,被害者安藤文さんの自宅に電話を掛けたことがある。
c. 被害者安藤文さんの母親は塾の先生。
d. 被害者安藤文さんの父親は,議員か代議士。
e. 人間不信になった(被害者安藤文さんに関わっていた頃)。
f. 殴りたくなるような女とは付き合わない。
他のもあったような気がしますが,とりあえず思い出せるのはこの辺りかと思います。あとで思い出せることがあれば,項目を追加します。初めてなると思いますが,見出しレベルの6を使って箇条書きとしました。
けっこう寒い夜だったことも印象にあります。この日に限らないのですが,市場急配センターの1階休憩室には,大きな石油ストーブがあり,アパートに帰っても寒かったので,アパートに帰らずに時間をつぶすこともよくありました。
弁当のことも私の方から訊いたように思います。ほかに直接,被告発人安田繁克に答えをきく機械はなかったので,やはりこのときになると思います。「冗談で言ったら作ってきた。」という趣旨の返事でした。この弁当のことは1月21日の夜に,被告発人浜口卓也から聞いていました。
被告発人安田繁克と被害者安藤文さんとの交際というのも,その1月21日の夜に初めて聞いた話でした。この交際自体が作り上げられた架空の事実である可能性が高く,示し合わせた計画性をうかがせるものとなっています。