(オ). 市場急配センター1階休憩室で酒を飲もうと言い出した被告発人安田繁克

 市場急配センターの会社に着いてすぐだったと思います。被告発人安田繁克が酒を飲もうと言い出しました。

 諸江の24時間やっているコンビニのような酒屋に行って,酒やつまみを買ってきました。当時,金沢市内では,コンビニもまだ普及していなかったと思います。少し出始めていたような気もしますが,金沢中央卸売市場の周辺にはありませんでした。

 けっこうな量の買い物をしてきたのですが,すべて被告発人安田繁克が支払いをしていたと思います。二人で飲み食いをする量には思えませんでした。食べきることはなかったと思いますが,残ったのをどうしたのか憶えていません。

 二階の事務所には冷蔵庫があったと思いますが,冷蔵庫を使うようなことはなく,夜中に勝手に事務所に入ることもなかったので,鍵が掛かっていたのかもわからないですが。鍵を掛ける戸締まりの様子も見たことはなかったと思います。

 被告発人安田繁克は黒の作業服で,暴走族の特攻服のような衣装でしたが,腕に縦書きの大きな刺繍で「松浦商店」と入れていたのが印象的でした。実在する店とは考えなかったのですが,彼の母親の愛人で,金沢市場輸送で最初にイワシのダンプに乗務したのが松浦さんでした。

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> 2020-08-10-082403_市場急配センターホームページ 代表者 堂野俊一.jpg https://t.co/chz0kgIagp

 今,確認しスクリーンショットの記録を行ったのが,市場急配センターのホームページにある「代表者 堂野俊一」で,確実に特定はできないですが,堂野さんで平成10年11月当時,自ら労務の担当者となのっていたのが,松浦さんの紹介でイワシの仕事を始めた人物です。

 堂野さんが市場急配センターの社長になったという話は,直接聞いていないかもしれません。被告発人安田敏との最後の会話で憶えているのは,竹沢俊寿会長について,とっくの昔に死んでおる,というような話し方をしていたことです。

 被告発人安田敏は堂野の親父というような言い方をしていたと思いますが,私がホームページで告発などの情報公開をしていることに,いつでも訴えられると言っていたと話していました。そのことについてもホームページで公開をしたと思います。

 たぶんその次に被告発人安田敏に会ったときだと思いますが,堂野さんについて,市場急配センターの従業員というような,そんな感じの言い方をしていました。

 従業員ではっきり憶えているのは,一度だけ金沢刑務所に面会に来た被告発人松平日出男で,パンツと何かを差し入れていったのですが,指印を押すのに帳簿を見ると,職業を会社従業員としていました。供述調書では,代表取締役社長となっていたと思います。